Simple Memo Life
生きることはメモすること。 人生ストレスフリーになるシンプルなメモ活用法と実践
仕事

【シナリオを手放すとラク】しょせん自分の小さなワクでの思考なので

ちょっと気の進まない仕事でしたが、お世話になっている人の紹介。
むげに断ることもできないので、お引き受けました。

本日、その仕事を納めたぼくの心境とは・・・

 

いや〜、めっちゃ学びがあって楽しかった!

なんですわ。

ありがたいな、に途中から変わっているのです。
こんなことってふりかえれば多々あったような。

 

最初の「なんか嫌だな」という気持ちは1秒でも早く消化すること。
抱えたままでは、なにも得することなし。

 

平たく言えば、ワクワクにしていけたら勝ち(価値)になる。

 

これってすごく大事なことだと思います。

 

フリーランスを10年も続けていると、気の進まないモノゴトへの自分をどう処したら良いのかなんとなくわかってきました。

 

そして、それは先行きが不透明な時代を生きるぼくらのスタンス(態度)でもあるのではないか、と。

 

 

先ほどの「なんか嫌」ってなにかなと言えば、

・担当者の話し方が自分のリズムと合わない。
・一方的な条件を出してくる。
・上から目線。
・そもそもの目的がピンとこない、など。

ハイハイ。
たいていは、自分が描いている理想の状況と違うので「嫌」となっているわけです。

 

自分の理想やシナリオを持つことはもちろんいいことです。
しかし、ここ数年のぼくはそのシナリオにあまり固執しなくなりました。

 

「ああすれば、こうなる」というロジカルな現実なんてほとんどなくて、
「ああしても、こうならない」という主に子育て期間を通過してきたからかもしれません。

 

やっぱり思い通りになんて、ならんのですよ。

 

嫌だな、という感情は誰でも自然に発生します。
その際の処し方として体得してきたのは、あえてじぶんの理想やシナリオを手放すようにする、ということ。

 

にぎったままだと、ちょっとズレただけで「イラっ」「失敗」としてしまうから。

 

思うようにならないからイライラしたり、誰かに対して嫌だなと思い続けるのではなく、誤解を恐れずに言うなら、

 

天にお任せする。

 

天というか、自然に、とでも言いましょうか。

 

なるように、なれ、と。

 

 

要は、他者や環境をじぶんでコントロールしようとしない。そもそもできないしね。

 

そんないい加減な、と若かりし頃のぼくなら思っていたでしょう。
「人を動かす技術」とかむさぼるように読み漁るでしょう。

 

決して人生投げやりになっているわけではありません。

 

ほどよくいい加減がいいんだと分かってきているのです。
体験することをただただ楽しめばいいんだって。

 

だって理想のシナリオなんて少し冷めた言い方をすれば、”しょせん自分の小さなワクの中での思考”なのですから。

 

そのほとんどは、過去の経験や学習、ネットで見た誰かの成功から引っ張ってきただけです。

 

でも、もしかしたらですよ。

天はもっともっと面白いシナリオをあなたに用意してくれているのかもしれないのです。
今のじぶんにはわからないけど、自分の思考を超えた奇想天外な人生の展開を。

 

今までもそんなことありませんでしたか?

 

次が予想できるドラマほどつまらないものはありません。
かすかな安心感はあるかもしれませんが、驚きや感動や、深い感謝は生まれがたい。大笑いも生まれない。

 

ああしても、こうならない時代なのです。
思い通りにしたい、という小さな我欲はさっさと手放すのです。

 

こうなったらいいなぁ。
でもならなくてもいいや(もっと面白い展開がくればそっちを楽しもう)。

 

そんなそよ風に揺れるようなスタンスです。

 

嫌な感情や違和感は、天が用意してくれたシナリオの始まり、そう思ってみるのはいかがでしょうか。

 

「ほほぅ、そうきましたか。」
と、あごひげをなでなでしながらニコニコして楽しみましょう。(イメージです)

 

じぶんの小さなワクの中での理想なんかよりも、はるかに面白い展開が待っているかもしれません。

 

それでは、、、ん?

 

ここまで、一気に書いてきてある言葉がふいに頭に浮かびました。

無為自然(むいしぜん)by老子

意味:何もせず、あるがままにしておれ。

これやん、言いたいことは。

たった4文字でいいやん。
「無為自然」をお借りしたらええやん。
じぶんもう余計な手出しして1700文字超えとるやん。

まだまだ修練が足りないことを実感・・・
シンプルの道は遠し。

さいごまでお付き合いくださりありがとうございました。

それではまた!