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結局人生ってじぶんの望んだ通りになっている説を考えてみた

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最近また本棚が大渋滞してきまして、この週末で20冊ぐらいバッサーと捨てています。

もうメルカリで売るとか古本屋に持っていくものめんどくさい。
感謝して潔く捨てよう、と。

数年来本棚の奥に眠っていた本。いくつかは懐かしい気持ちで捨てる前にパラっと眺めたりしながら、、

でね、その本の中にいわゆる願望実現系の本が数冊ありまして。

なつかしい。
当時、じぶんなりに研究・実践していたんですね。

見ると細かいステップにしたがってやってみたちょっと恥ずかしい形跡とかがありました。
で、パラ見しながらふと思ったんですよ。

何かって言うと…

やっぱりこの一冊は残しておこうか、じゃなくて。

結局、人生ってじぶんが望んだ通りになっているよね?

 

ってこと。

もちろんすべてではないけどだいたい、ですよ。

いやいや、んなことあるかー!
もう一人のじぶんが叫ぶ反論の声に耳を少し傾けてみたいと思います。

本当はもっと事業が大成功してさ、年収も爆上げでさ、華々しい生活があって、世界中を旅するマーケッターとして自由気ままに・・・
(ちょっと言ってる意味がわかりませんが)

たしかに、ぼくの今はそうはなっていません。

けど、「じぶんの望んだ通り」にはなっていると思うのです。

ちょっとここがうまく説明できないのですが、もう少しお付き合いください。

あのとき想像していた未来のじぶんの
「あたりまえ」が現在の状態なのです。

たしかに、当時、旅するマーケッターとか憧れていたのかもしれません。
(旅するマーケッターはたとえば、ですよ)

でも、そのじぶん像がその時に当たり前に思えていたか、というと違うのです。

願望といっても、きわめて遠い存在というか、かなり距離感があったわけです。
ぼんやりした憧れです。

一方で、たとえば好きな服を見つけたら躊躇なく買える状態でいたいなぁ、とか、アマゾンで気になった本を気にせず買える日々とか、今日はなんか吉野家の牛丼大盛をがっつり喰らいたいと思ったら、すぐ行くぜ!みたいな、当時から未来の当たり前感があったことって、ほぼ今の現実になっているわけです。

そう、なんか当たり前に(たとえがショボすぎるとかスルーで)。

ここまで、伝わっています?

つまり、なにが言いたいのかというと、

叶えたいことがあるなら、
いかに今の時点でそれを当たり前にしているか。


これが願望実現のシンプルな魔法なんじゃないか、ってことなのです。

つまり、まだ叶ってないけど「もう叶っている」とする。

かつて「お前はもう死んでいる」という北斗の拳・ケンシロウの名セリフがありましたが、まさに「お前はもう叶っている、アッタッー!」です。

あとはその状態を起きている間ずっと演じるとか、フリをし続けるといいわけです。
ちょっとヤバい人に思われる可能性は大ですけど。

あれ?もう完全そうなってるとしか思えないわ、と壮大な勘違いをする。

すでになんか当り前に思えている未来は、実現していくことでしょう。

思考が変われば、感情が変わり、行動選択も変わるから
行動選択が変わると、感情が変わり、思考も変わっていく。

やっぱり人生は、じぶんの望んだとおり進んでいくと思うわけです。

むずかしく考えずに「あ、それ当たり前」にしときゃいい。

というわけで、お世話になった本でした。
潔く捨てることにします。

それでは、また。

 

お前はもう、叶っている。
久々に読みたくなってきた

 

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